※まだコロナが酷い状況(2020年8月現在)ではなかった2020年2月の記録です。
還暦の赤い電車を見れず…
今回、徳島に行くのにわざわざ遠回りの高松経由としたのは、サンライズ瀬戸に乗りたかったというのもあるが、ことでんの「還暦の赤い電車」に乗りたいというのがあった。
もう一度、"初代1000形"が見たい。京急の代名詞を当時のカラーへ - クラウドファンディング READYFOR (レディーフォー)
1959年に登場して以来、"京急の顔"として活躍してきた初代1000形(デハ1000形)。 長年に渡り多くの乗客・ファンに愛されてきたこの車両は、新1000形の登場により運転終了が決定し、2010年に形式が消滅しました。 ...
2019年2月よりクラウドファンディングによって走り始めたことでんの京急カラーのリバイバル車両。 京成沿線住民だった自分にとって京急1000形は身近な存在であり、リバイバル期間中にぜひ一度と思っていたのである。
ただ、ネックなのはことでんは車両運用を公開しておらず、どの運用に入るのかがさっぱりわからないこと。 今日は祝日なので運用が平日よりも少なく、下手すると1日中走らない可能性もあるが、本数の多い朝であればおそらく当たるだろう。
と思って午前中の車両運用を洗い出し、どの運用に入っても問題ないような準備をし、一度高松駅より道路を挟んで反対側の高松築港駅へ。
駅に入ると、2018年より走り始めている京急ラッピング車両がやってきた。
久々の元京急1000形、しかも京急ラッピング車とは幸先が良いが、これはお目当ての還暦の赤い電車ではない。
とりあえずこの電車に乗り、車庫のある仏生山駅まで向かうが、行き交う電車には還暦の赤い電車は見つからなかった。
おかしいな、今日は一日留置線か?と思って仏生山駅を降り車庫を見回しても、還暦の赤い電車は見当たらない。
まさか…と思って、車庫の中の目をこらしてみると…。
なんと、元京急700形車両の隣奥に、還暦の赤い車両がいるのがかろうじてわかった(泣)
スマホでアップにして写真を撮っても、かろうじて行先表示が写るくらいで全く写真が撮れない。 なんだかなぁ、最悪車庫で写真が撮れれば良いかと思っていたが、まさか全く写真すら撮れないとは…。
仏生山駅にいても仕方がないので引き返し、高松築港駅近くの高松城跡を望む撮影スポットで何枚か元京急1000形の写真を撮影。
これはこれで良かったけど、なんだかなぁショックでかいわ。
ことでんは車両運用公開してくれないものかね…わざわざここまで来てこの仕打ちは厳しいわ。 ちゃんと115系の運用を1か月分公開しているしなの鉄道を見習ってほしいところだ。
還暦の赤い電車は確か2021年春まで走るはずで、今秋には次のプロジェクトで元700形も京急カラーに復元されるので、それまでにはもう一度訪れたいところだが、果たしてこのコロナの中、行く機会ができるのだろうか…。
四国八十八か所霊場第一番札所・霊山寺
キハ185系の3両編成で、うち1両はアンパンマンカーが連結されており、家族連れで結構賑わっていた。
自由席は1両のみであったがそこまで混んでなく楽々着席。 今となっては貴重な国鉄の面影を残すキハ185系の乗り心地を楽しむ。
まだ集合時刻までは時間があったので、途中の板野駅で下車し、後続の普通列車に乗り換え板東駅へ。
いかにも田舎の無人駅といったようなのんびりした空気が漂う駅であるが、ここから10分ちょっと歩いた先に四国八十八か所霊場の第1番札所である霊山寺がある。
とても八十八か所めぐるのは無理そうだが、駅から近いところに1番札所があるのであれば行かないわけには行かないだろう。
田舎道を10分ほど歩くと、県道沿いに大きな駐車場を備えた霊山寺が見えてきた。
境内はそこまで広くなく、風格ある山門を入ってすぐに本堂があった。 お遍路さんはさすがにいなかったが、そこそこ多くの人がいた。
本堂の中は広く、多数吊るされた灯篭がとても見事で美しかった。今回の仕事の無事を祈願。 あとは…88番の大窪寺を巡ってキセル結願と行きますかね(笑)
ただ、大窪寺は公共交通機関で行くには無茶苦茶不便な場所にあるのよね。いつになることやら。
さて、そろそろ仕事に来たのか遊びに来たのかわかんなくなってきたので(笑)今回の出張先の鳴門へ行くことにします。