の続き。ニュルンベルクを後に、今回の旅の目的地、21年ぶりのベルリンへ行きます。
ICEの食堂車を愉しみながらベルリンへ

Nürnberg Hbf12:36発のICE1008 Berlin Gesundbrunnen行に乗る。ICE3の16両編成で定刻通りの到着だ。
ちょうどお昼時だったので、食堂車(Boadrestaurant)へ行く。同じようにニュルンベルクから食堂車をめざす客もいて席は満席になった。

ドイツの食堂車も合理化が進み、メニューは種類が数年前にもまして全然なくて、唯一食事になりそうだったチリコンカン(12.50EUR)とコーヒーを注文。ただもはや日本では味わえなくなった温かい食事を食べられる体験ができるだけでもありがたい。


バンベルクからエアフルトまで高速新線に入る。かつての東西ドイツ国境のあたりであるがそんな面影はなく、ミュンヘンとベルリンを結ぶICE3が頻繁に行き交うとは時代も変わったなぁ。ミュンヘンからベルリンまでは今や4時間もかからない。本当に便利になった。
食事を終えコーヒーを飲んでいると晴れてきた。ここ最近、ローシーズンの2月ばかり旅行してたので空はどんより曇った景色しか見てこなかったが、珍しく青空が広がり気分が良い。
エアフルトからは席について景色を眺めているうちに、ベルリンが近づいてきた。

15:23、Berin Hbfに到着。今日のドイツ鉄道はどちらも定時運航だった。往年の時間に正確なドイツ鉄道の雰囲気を取り戻してくれたのだろうか。
ベルリン中央駅は2006年のワールドカップ前にオープンしたので、前回2005年12月に来たときはまだできておらず、今回が初訪問だ。


ガラス張りで明るく、地下ホームから高架ホームまで吹き抜けが広がるドイツの首都の中央駅にふさわしいスタイリッシュな駅ではあるが、地下ホームからのエスカレーターが一斉点検に入っていて、荷物を持っている旅行者は大変そうだった。

せっかくの21年ぶりのベルリンであるが、滞在できるのは今日だけなので、日没まではあと2時間もない。早速Sバーンに乗って市内観光と行こうと思う。
ベルリンは晴れ間が出たと思ったら通り雨が降ったりするあいにくの天気であったが、幸い夕方まではほとんど雨には降られなかった。
東西ベルリンの国境だった涙の宮殿
まずはSバーンで一駅乗り、Friedrichstraßeで下車。

ベルリンSバーンの主役、ET481型電車に21年ぶりに再会。この電車も独特なモーター音と、ベルリンならではのドアブザーがああ、ベルリン来たなぁと嬉しくなる。


このあたりの列車が走るレンガ造りの高架線は東京の鉄道建設の参考となっていて、高架線沿いの路地など、有楽町や新橋のガード下の雰囲気そっくりで、一瞬東京に戻ってきた錯覚を感じてしまうが、まず向かったのは駅の北側にある涙の宮殿(Tränenpalast)と呼ばれる場所である。ここは2011年にオープンした施設で初訪問である。


フリードリッヒ通り駅は東西ベルリンが分断されていたころ西側からの長距離列車が到着した駅であり、この涙の宮殿は出国管理を行っていた施設で、涙の別れの場所だったことからこの俗称がついている。無料の施設なのがありがたい。



中は学生が多く混んでいた。てっきり昔の施設が完全に残っているのかと思っていたが、展示が多くちょっと想像とは違っていたが、残されていた出国審査の施設に入ると、威圧感が半端なくて、往時の緊張感を感じさせずにはいられない。




東ドイツの売店、インターショップや当時の駅の写真や模型、複雑怪奇なルートを図示したイラストなどなかなか興味深かった。新橋駅くらいの都内の普通の駅がこんな国境駅になっていたなんで、いまだに信じられないな。
ミッテ地区をそぞろ歩き
フリードリッヒ通り駅を出て、南へ歩きウンターデンリンデン(Unter den Linden)へ向かう。

21年前はまだ旧西ベルリンのクーダム地区と人気を二分していた気がするが、今や完全にこのあたりがベルリン観光の中心になった。自分も今回はクーダムには行かなかったな。
これからミッテ地区をアレキサンダー広場に向かって寄り道しながら散策していくことにしよう。


まずはドイツ土産としておなじみのリッタースポーツ(Ritter Sport)とアンペルマン(Ampelmann)の店へ行きお土産を購入。
スーパーでも買えるけどベルリンは専門店が集まっていて、品揃えも豊富で時間がないのについつい悩みこんでしまう。



ベルリンで最も美しい広場と言われるジャンマルメン広場(Gendarmenmarkt)にちょっと立ち寄り、シュロス橋から博物館島に入って堂々たる建物であるベルリン大聖堂(Berliner Dom)へ。このあたりは21年前も来たが、ベルリン大聖堂の隣にあった共和国宮殿は、自分が行った翌年に壊され、すったもんだの末フンボルトフォーラム(Humboldt Forum)としてかつても王宮が蘇った。ベルリンはちょっと行かないとすぐに街並みが変わってしまう、ダイナミックな街だ。



フンボルトフォーラムからシュプレー川を渡って反対側にあるニコライ地区(Nikolaivirtel)へ。ベルリン発祥の地であり今回が初訪問だ。
ベルリンはドイツの他の都市とは全く違う大都市の顔と、でもやっぱりドイツの街という二面性の姿が面白いのだが、ここニコライ地区はベルリンにしては珍しく中世の雰囲気を色濃く残すエリアである。といっても東ドイツ時代に再開発された人工のエリアだったりするのだが、ビルが立ち並ぶ街並みを歩いてきてニコライ地区に来るとちょっとほっとする。


ベルリンで2番目に古い中世の面影を残すマリエン教会(Marienkirche)、そして19世紀に建てられ東ベルリンの市庁舎だった赤の市庁舎(Rotes Rathaus)。ベルリンはちょっと歩くだけで全然違った雰囲気の建物に出会うので飽きないなぁ。

旧東ベルリンの繁華街、アレキサンダー広場が近づいてくると、東ドイツ時代の面影を残す無粋な高層ビルが並んで見えてくる。いやはや、すごいな。


土曜夕方で大賑わいのアレキサンダー広場(Alexanderplatz)に21年ぶりにやってきた。いかにも冷戦時代のデザインをしている世界時計に、KAUHOFやパークインの建物が懐かしい。再開発で新たなビルも多く建設されているが、この社会主義然とした雰囲気も今となっては貴重であり、アレキサンダー広場はできればこの雰囲気を今後も残していってほしいなぁと思うところだ。
A: Friedrichstraße B: Tränenpalast C: Ampelmann D: Ritter Sport E: Gendarmenmarkt F: Humboldt Forum G: Nicolaikirche H: Rotes Rathaus I: Alexanderplatz
時刻は17時過ぎ。なんとか、日が暮れるまでにミッテ地区を散策できたのは良かった。

次は18時までのスポットに向かうべく、古色蒼然としたAlexanderplatz駅からUバーンに乗って、プレンツラウアーベルク地区へ向かうことにしよう。
(つづく)